つなろぐ

海外移住したいワープア会社員のひとりごと

ブログを始めたきっかけ

つなです。ブログを始めました。

 

いわゆる「ブログ全盛期」がとっくに終わった今のタイミングで

なぜ書いてみようかと思ったかというと、

1月下旬からの新型コロナウイルス肺炎流行で身の回りに様々な変化が起きる中、

ちょうど東日本大震災から9回目の3月11日を迎え、当時の事と今の事を

色々と考え始めたからです。

 

「ウイルス感染拡大防止のため、数週間単位で自宅待機になるかもしれない。

 もし感染したら確実にそうなる。

 そうなったら、家から出ずに生活できるか?」

 

食料の備蓄が全然ない。

トイレットペーパーが残りあと2ロールしかない。

 

・・・はい、無理\(^o^)/

 

東日本大震災で、災害への備えは大事だと学んだはずだったのに

まったく活かせていませんでした。

反省も兼ねて、今回のウイルス流行への対策などを

記録しておこうと思ったのがきっかけのひとつ。

 

 

そして、自分の身の回りで起こったことや感じたことを

記録しておきたいと思ったのもブログを始めた理由です。

 

震災が起きたとき、私が住んでいた地域にはそこまで大きな被害はありませんでしたが

会社ビルではエレベーターが止まり、非常階段は扉がロックされ使えず、

一時、陸の孤島となりました("非常"階段の意味・・・)

 

電話は回線がパンクし、メールもリアルタイムで届かず

関東に住む家族と連絡が取れずに不安な思いをしました。

 

LINEはまだ無かった気がする・・・(うろ覚え)。

スマホも持ってる人は少数派だったような。

ツイッターはなぜか繋がりやすかった。すごいよツイッター

 

電車も止まりましたが、私が使っていた地下鉄は比較的早い段階で復旧し

なんとか自宅に帰ることができました。

(復旧の目途が立たず、何時間も歩いて帰宅した同僚もいました)

スニーカーで通勤するようになったのはあの震災がきっかけだったし、

スニーカーでの通勤や勤務を許容する会社も一気に増えました。

 

帰宅後にTVをつけると(※)、あの津波の映像が飛び込んできて

ショックを受けたことを覚えています。

 ※当時は2人暮らしで、パートナーがTVを持っていました。今はないです。

 

他にもいろいろ困ったことや変化があったこと、感じたことがあったのに、

9年も経つと記憶がところどころ抜け落ちていることに気が付きました。

震災の日を迎えて同じことを思った方もいたようで、

「ブログに記録しておいてよかった」というツイートをいくつか見かけました。

 

ツイッターは思ったときにサクッとツイートできて便利だけど、

後から読み返そうと思ったときに探すのが大変なんですよね。

過去のものであればあるほど。

 

「じゃあ過去のものを辿りやすいような形で

 記録を残していこう」と思い、ブログを開設しました。

防災の意味はもちろん、こういう非常事態が起こったときに

自分自身が思ったこと・感じたことの記録としても

残していきたいと思っています。

 

3月11日からだいぶ日が空いているのはご容赦ください。

こうやってブログサイトにアカウントを作るか、

ドメイン取得してサーバーをレンタルして作るか、

調べながらいろいろ迷っていました。

 

長い目で見ると、ブログサイトはサービス停止になってしまう可能性が

ゼロではないので、記録に残すことを第一に考えるなら

後者の方が良いのでしょう。

でも、そもそもそこまで長く続けられるかも分からないので、

簡単に始められる方にしました。

三日坊主だしね・・・。

 

まずは今回の新型コロナウイルス肺炎流行のことを書こうと思っていますが、

日常のことや、海外移住準備のことなども綴っていけたらと考えています。

 

※「海外移住準備」と書くと聞こえは良いですが、

 具体的にはまだ何も手を付けられていません!

 

・・・・と、ここまで書くの大変でした。

ツイッターなら140文字で済むのに・・・。

日常的にブログを書いてる人って凄いですね。脱帽です。

 

どうか続けられますように。

まずは三日!